こだわりの食品と言ったら納豆。

安価で栄養価が高い庶民の納豆ばかりかと思ったら、贈答にも使える高級納豆も有るという。

納豆のいとを引いていったらいろいろな思い出が紡ぎだされて来る。

このブログでも何度か、端役で登場している納豆だが、

読みたい本の入手どうしてますか? の 読書の思い出 に登場する

夏休みに実家に行く楽しみは、朝の白米の納豆ご飯と書斎に篭っての読書三昧。

そして、

昭和の我が家は池田首相の「貧乏人は麦飯を食え」を忠実に守って麦飯だった。
母の実家に行くと、嫁さんの実家が米を作っていてコシヒカリが送られてくるという。
千葉のコシヒカリだが、ともかく旨かった。
たぶん朝食は、ご飯だけで4杯は食べられたと思う。
納豆をかけると、更に食べられる。
そして、朝食に納豆ご飯で8杯の記録を作った。

納豆は、子供の時からの大好物だった。

昭和は遠くなりにけり の 失われた昭和の仕事 でちょっと触れたが

納豆の仲買い人の家が近くだったので、納豆はよく食べた。

納豆は実家に行ったときばかりではなく家でも良く食べた。
納豆の買い物は、私のお使い。
納豆の仲買い人の家には、鳩が飼われていた。
伝書鳩だという。
訓練をすると手紙を届けてくれると言う。
伝書鳩欲しさに、飼い箱を作ってもらった。
しかし、伝書鳩は鶏よりも弱く、1年と持たなかった。

実は、私は本当の納豆の匂いは苦手だった。

当時の納豆は三角に包まれた中粒のものだった。

水戸の納豆は麦わらに包まれていて、匂いが強すぎてそのままでは食べられたものではない。
葱を刻んで入れたり、卵を溶いたりして辛うじて食べられた。

納豆のスパゲッティ、納豆のお好み焼き、納豆のテンプラ、、料理のレパートリーは苦手なものをどう食べるかで発展するらしい。

今の納豆、小粒でほとんど納豆の匂いもしない。
そのままでも食べられる。
醤油ぐらいかけなさいと注意される。

納豆に豆腐に醤油、今も昔も大豆に囲まれている。

小田急の町田を新原町田と言っていた頃の駅前には、岡直三郎の醤油工場が有った。

先日のテレビでは加山雄三が、その醤油販売所を訪問していた。
小麦を使っていないので小麦アレルギーの人に人気が有るんだとか。