田舎暮らしがよく取り上げられています。
のんびりと自給自足の生活にあこがれる人も多いようです。

地方の活性化は農業無しには考えられないのですが、都会人の田舎進出には賛否両論。
農業の企業化と家庭での自給自足は時代の流れなのでしょう。

関連サイト:
LED水耕栽培で新鮮安心野菜の自給自足

 食料自給率41%?:2009年09月02日

食料自給率を上げるという事が課題となっている。
農業が脚光を浴び、生産量が増えることは良いことだ。

しかし41%?、 なんでそんなに低いの?
私の食べている 米=国内産
酒、醤油、味噌、豆腐、納豆、トマト、なす、きゅうり、なし、リンゴ、..
それに自家製のシソ、バジル、
みんな、国内産だ、それも身土不二を目指している。

どうも、原料の大豆や小麦粉や肥料などが輸入ものである事が原因らしいが、?
どのような計算になっているのか? 因みに、私は肉は食べない。

半農半Xの生き方:2009年09月15日

半農半Xという生き方(塩見直紀 著) をよんだ

生活収入少なく、心の収入大きく

必要以上に規模と収量を求めなければ、自然と一体となり、肥料も農薬もいらない農業ができるという考えは、最近見た、降りてゆく生き方 という映画とも共通した考えだ。

多くの人が共感し、実践しだした現在に、価値観の変化した時代を感じる。

追)震災後はライフスタイルとしてのノマドやスモールハウスへの流れが大きくなっているように感じる。
関連サイト記事:映画「そして父になる」にみる新しいライフスタイルのスモールハウスムーブメント

農業体験:2009年10月11日

今日は朝から旅行です。
自給自足をめざす1STEP。
農業の大変さを感じてきたいと思います。
(農作業)
秋の雑草は翌年の為にも取っておけ。
秋は種がバラ蒔かれるので、その前に処分して翌年の雑草の発生を予防する。
年とともに除草の負荷は減って行く が 気の長い話です。

ミニ・トラクターや多用途の耕運機、いろいろな機器で、畝作りや、種まき、刈り取り など短時間でできる様になりましたが、農業(除草剤、農薬を使わない)は、雑草とりが手間の8割とか。

で、雑草とりがメインでしたが、人参、さつまいも の収穫も楽しみました。

フード・マイレージ対策:2009年11月23日

フード・マイレージは、食料と輸送距離を掛け合わせた数値だ。
環境問題への影響と自給自足の低下に対するパラメータとして注目されている。

日本は、世界で類をみない数値を出している。
自給自足率が低い事や、嗜好の多様化で、遠隔地から輸入している事からだ。

対策としては、地産地消の奨励などになるのだろうが、農業への回帰や自家栽培のブームも追い風になるだろう。
良いかどうかはともかく、デフレの進行や、老齢化による食欲の減退も追い風か。

農業の国なんだ日本は:2010年01月13日

新年から、やたら野菜栽培関係の報道が目に付く。
農業に対する関心が、ますます高まっているのを感じます。
何日か前には、野菜工場の海外進出が話題となっていました。
土地が大量に有る海外にわざわざトレーラーハウス栽培?と考えてしまうのですが、生産適地は限られているという現実が有るようです。

野菜作りに欠かせない、水、土、光。
自然に恵まれている日本は、育てるものを選べば、何処でも生産適地。
野菜作りは土作りとは、昔から言われてきました、良い土に恵まれれば、肥料もいらないそうです。

いつまでも有ると思うな水と土。
砂漠化が進む日本、環境汚染で野菜も育たない水、なんて事にならないようにしたいものです。
自然回復は広葉樹からと、里山を見直す動きも大きくなってきているように感じます。

ブームの滞在型貸し農園:2010年02月06日

耕作放棄地の拡大を横目に、大都市近郊の体験型貸農園がブームになっている。
市民農園のような日帰りタイプではなく、クラインガルテンのような、滞在型の農園だ。
年間50万くらいかかり、野菜づくりにしては、高い費用ともいえるが、直ぐ契約が一杯になるようだ。

もともと週末を1泊するような農園だったが、農園付きセカンドハウスとして、長期間滞在する人も多くなっているようである。
移住や、2地域居住までは決断できないけど、嫌になったらいつでも止められる手軽さも魅力のようだ。

個人では農地は取得できなくても集団なら取得できる、地域との交流や、定住への足がかりともなれば、耕作放棄地対策も兼ねて地域の活性化にも役立ちそうだ。

田舎暮らしに殺されない法:2010年04月18日

マスコミ中心の田舎暮らし賛歌に、疑問を呈する本を読んだ。
田舎暮らしに殺されない法という本。

幻想の上に成り立つ、健康的でスローな生活。
いつまでつづく、土に親しんで新鮮な野菜を自給自足する生活。
なぜ田舎は過疎化して行ったのかの原因を見つめずに、不都合な点は知らされずに、イメージだけ膨らました幻想は必然的に壊れる。

人を頼らず、なんでもこなす自立した人でないと所詮無理。
なんでもできると思っていても、都会で普通にサラリーマン生活をして定年を迎えた時、何もできなくなっている事に気付かされ唖然とする。

田舎くらしをするにも、それなりの段階を踏む必要がありそうだ。

スローフードの祭典と福島:2012年11月15日

作物の規制により今まで作っていた作物が作れなくなった。
その作物が作れる土地を求めて、移ってゆく人がいる。

その土地で、作れる物を見つけたいと残り続ける人がいる。

朝日新聞のひと 欄:
トリノのスローフードの祭典で福島の人のスピーチに印象的な言葉が載っていた
「可能性があるなら、あがきたい。」

どんな土地でも、人が住める所なら、その場所に適した野菜はあるはずです。
いつの時代も、新しい事にチャレンジする人達がいる。